古井貞熙氏は東京工業大学 名誉教授Toyota Technological Institute at Chicago (TTIC)学長でいらっしゃいます。この記事は2018年6月22日New York で行われた講演に基づいています。講演会の詳細はこちらhttp://www.todaitomonokai.org/イベント/?event_id1=6880

1. 最近の AI (人工知能)の進歩

人工知能(AI)とは、コンピュータ上などで人工的に、人間と同様の知能を実現させようとする試み、あるいはそのための一連の基礎技術を指す。最近のAIで基本的に用いられているニューラルネットワークは、1960年頃に単純な形で提案され、その後も、少数の研究者によって研究が続けられていたが、なかなか性能が向上しなかった。2006年頃になって、ネットワークの階層の数を大幅に増やした、ディープニューラルネットワーク(DNN)の効果的な学習法、すなわちディープラーニング(深層学習)が実現され、コンピュータの高速化、インターネットの高速化、ビッグデータの収集・構築環境の整備を背景に、急速に使われるようになった。

2016年にコンピュータが人間のプロ囲碁棋士に勝利したのをきっかけに、2016年から2017年にかけて、ディープラーニングを導入したAIが、囲碁や将棋のトップ棋士へ連続して勝利するようになり、その能力が社会に広く知られるようになった。

それに伴い、AI自体の研究の他にも、AIの急速な発展が雇用などの社会に与える影響や、倫理、人権との関連、安全保障上のリスクなどについても、研究が進められている。1950年代~1960年代の第1次、1980年代の第2次に対して、現在は第3次AIブームと言われている。

2. ディープニューラルネットワーク (DNN) の活用

従来のコンピュータでは、音声、画像、映像、言語、将棋・囲碁などの処理に対して、人間がプログラムやデータの内容に関する情報を与えなければならなかった。これに対して、DNNによる機械学習では、入力と目標出力さえ与えれば、特徴抽出法を含めて、ネットワークのパラメータを自動的に最適化し、言わばデータの内容を自動的に理解し、適切に判断するようになった。

音声認識、画像認識、自動翻訳、情報検索、ロボット、自動運転、医療診断など、AIのさまざまな領域で、種々の構造のDNNの活用が進んでいる。Google等は、世界中のユーザーの検索結果を用いて、言語、音声、画像、映像データを収集し、それらの情報を結び付け、時々刻々、種々のAIを改良している。また、多数の研究機関が、DNNを用いて、膨大な文献や、生体・遺伝子情報を収集・解析し、病気の予防・診断・早期発見・治療、創薬の研究を進めている。マーケティングや投資などでも、DNNの利用が進んでいる。

3. AI のこれからの進歩と人間社会

3.1 AI の技術的課題

現在の深層学習は、その理論的解析が困難なため、経験や試行錯誤に頼る度合が大きいのが、技術的課題である。DNNは言わばブラックボックスで、入力に対して、どうしてそのような出力が得られたのかが、説明できない。このため、誤りを生じた場合に、その原因を追究するのが難しく、学習データから外れた対象に対して、どのように振舞うか予想がつかない。そもそも現在のDNNがどうしてこんなにうまくいくのかが、わかっていないということもできる。最近、出力結果の根拠を説明するための研究が始まっており、この成果が期待されている。

説明が難しいなどの問題があったとしても、その優れた性能から、人の能力を凌駕するAIシステムが、どんどん出てくる。AIは、一つのAIが学習したこと、つまり経験したことを、他の多数のAIにコピーすること、つまり共有・集約が容易にできる。例えば1000台のAIが学習したことを、1台のAIにまとめることができ、これを繰り返せば、学習速度を急激に高めることができる。

AIが進歩するためには、大量の学習データが不可欠なので、将棋や囲碁のように対象とする世界が明確に定義されている場合は、AIが自ら新たな手(データ)を創造することができるが、一般的には、学習のためのビッグデータを如何にして獲得するかが、重要な進歩のカギとなる。そのデータに対して望ましい出力を、教師データ(答え)として与えないと学習に用いることができないが、その教師データは人が与える必要があり、それには多くのコストがかかるので、それを削減する必要がある。人間は認識などをしながら、同時に学習することができるが、今のAIにはそれができない。教師データを与えなくても学習できる教師なし学習法の開発が重要である。

人間の場合は、いちいち学習しなくても、生まれながらに持っている知恵や常識や俯瞰力があって、それを多様な場面に応用している。因果関係、包含関係、コンテキストなどの階層化された種々の知識も、常に用いている。これらを如何にしてAIで使えるようにするかも、今後の重要な研究課題である。

3.2 AI のこれからの社会・学術へのインパクト

これからAIの発展によって、データや知識に基づく判断は、人よりコンピュータの方が、性能が高くなり、種々の場面で、生活の利便性が向上する。膨大な個人情報に基づいた、個人の性格や嗜好に合ったシステムが作られるようになる。AIを専門とする企業やIT企業だけでなく、中小企業や、農家などでも、AIを活用して生産性を上げるようになり、弁護士、医者、ホワイトカラーなどの多くの仕事が、AIにとってかわられるようになる。

やがて、AIが発明、特許取得で人の研究者を圧倒し、科学の劇的な進歩を生み出すかもしれない。AIが市場を出し抜き、大衆操作で人のリーダーを上回り、難しい国際問題なども、AIに任せた方がよくなるかもしれない。

現在人間が行っている多くの仕事をAIに奪われたら、人間はどうしたらよいだろうか? これまでになかった新たな人間の仕事を生み出すことができるだろうか? 人間にしかできないこととして、何が残るだろうか? これは、まだ答えのない、重要な課題である。

3.3 AI と人類は共存できるか?

今や多くの人が、考える前にインターネットで検索し、種々の疑問への答えを得ていて、一種の人間の能力の拡張や代替がすでに起こっている。将来、AIと人の知能が結びつくことにより、人類の生活が変容する。その時に、AIはブラックボックスなので、その意思決定過程が見えない。それでも人間は安心してAIに頼ることができるだろうか? すでに多くの大衆は、ネットからの情報に、盲目的に流されているようにも見える。

人間は、AIを活用するのはよいが、盲目的に従うのではなく、AIにない判断力、創造性を持ち、AIを使いこなして賢くなることが必要である。AIに任せて考えなくなったら、人類の将来はない。これまでのような、暗記教育や、ペーパーテストの入試をターゲットにした教育ではなく、創造性、リーダーシップ、起業家精神を身につけた次世代リーダーの教育が必要である。

AIが進歩していく中での大きな問題が、兵器や武器へのAIの適用である。無人航空兵器がすでに作られているが、致死的自律型兵器システムの開発は禁止すべきである。完全自動化はせず、人間による制御を守ることが必要である。また、テロリストによるAI武器の使用は、何としても止めなければならない。

4. 日本の科学技術研究の進むべき道

Amazon、Facebook、Google、IBM、Microsoftなどが、人材や会社を吸収しながら、種々のサービスを対象としたAIを開発し、クラウドサービスによって、世界を席巻しようとしている。中国でも、一気に予算と人材を注入して、欧米との差を縮めつつある。日本の企業は、自力でAIシステムを開発するより、海外の会社に委託してしまった方が、安上がりになるかもしれない。しかし、それでは、日本の産業の国際競争力が一気に低下してしまう。AIを含む、インフラとしてのクラウドシステムを活用しながら、各企業あるいはそのグループで、技術開発を進めていくことが重要である。

AIは、これからの社会を大きく変える可能性があるから、その教育・研究は、日本の将来の発展に極めて重要である。しかし、最も進んでいるアメリカから見える日本のAI研究者は、極めて少ない。現在日本では、役所主導で、AIの研究組織が沢山作られているが、大学での若手の育成と活躍が必須である。AIに限らず、博士課程に進学し、大学で研究・教育をしたいと思う、優秀な若手が少なすぎる。大学がそれぞれ改革を進めるとともに、国や産業界からの経済的サポートを大幅に増やさなければ、日本の将来はない。

大学、企業の研究所などの組織を超えた、自由に連携した研究・教育が不可欠である。アメリカでは、企業を含めた、情報交換や共同研究が活発に行われていて、これが進歩の原動力になっている。AIの進歩は、これからさらに加速していくから、すでにはるか先に進んでいる欧米の大学、研究機関、企業との連携、共同研究や、国際学会への積極的な貢献で、国際的な仲間作りに努力することが極めて重要である。

*古井 貞熙氏の略歴・業績に関してはhttp://www.todaitomonokai.org/イベント/?event_id1=6880をご覧ください。

この記事を英語で読む


ニューズレター第19号の記事: